「100万人のクラシックライブ」 に寄せて
4月になると一昨年訪ねたウィーンを思い出す。日本は桜の季節も終わり初夏を思わせる日もあったが、その年のウィーンはまだ寒い日が続き、慌てて現地でコートを買ったほどであった。しかし、そんな気候を何とも感じないように、私の気持ちは高ぶっていて心温まる日々をすごしていた。それは、ウィーンのいたるところで毎日コンサートや音楽に触れる場所があって、好きなところにいつでも行くことのできる充実した時間を過ごしていたからである。ウィーンフィルの本格的なコンサートも聴くこともあれば、まさしく「100万人のクラシック」が目指しているような肩肘張らないでクラシックを楽しむことができる機会もある。街を歩けばモーツァルトの馴染みの曲の数々をバイオリン一台で演奏しているストリートミュージシャンも見かける。クラシックを「コンサートホールに行って聴く特別なもの(ハレ)」としてとらえるだけでなく、教会、公園、人通りなど公共の場で聴くことのできる「日常の世界(ケ)」のものとしてコミュニティに定着している。
もちろんウィーンには、クラシックをそこまで日常的なものにするまでの歴史や文化があるのだから、ある意味当然のことなのかもしれない。アマチュア演奏家の層の厚さも桁違いかもしれない。しかし、日本にも小さい頃からクラシックに触れて育ってきた人たちは数多くいるし、合唱や吹奏楽の文化は根強い。これらがコンクールを目指す音楽でなく、地域の交流会や散歩のついでに披露されるような日常的なものとして受け入れられ、音楽が教養としてではなく人々の共通言語として機能した時に、豊かなコミュニティと社会の潤いが生まれるのだと感じている。
「100万人のクラシック」はまさにそのような世界の実現を日本で起こすことのできる活動であると信じている。近年「ストリートピアノ」が人気を集めているが、そのような音楽に対する世の中の変化を更に一段高めていく素晴らしい活動である。そして、それらの活動の中でも私は、普段はなかなかクラシックなどの音楽に触れることのできない子供たちに、音楽の素晴らしさを知らせる機会を提供している活動が特に好きである。子供から高齢者まで気軽に音楽に触れ、感動を共有することのできるコミュニティが拡がることは、私の理想の世界である。